静岡民医連


以下の文章は、聞間医師が新日本医師協会の発行する「新医協新聞」(2001年4月11日号)に掲載するため執筆したものです。


被ばく医療の今日的課題を考える
全日本民医連被爆問題委員会 生協きたはま診療所医師 聞間 元

 19世紀末のウイルヘルム・レントゲンやキュリー夫妻らによる人工放射性線源の発見以来一世紀にわたって、恣意的な被ばくによる人体影響の問題が人類の前に提示されてきた。

 当初の動機はどうであれ、各種の放射線や放射性物質の性質を探求しようという科学者の努力で、放射線技術のもつ光と影が明らかにされている。とくに光の部分としては、医療への応用となり、主として腫瘍治療や各種疾患の画像診断、放射免疫学的診断等に見事に応用されている。

 一方、影の部分とはいうまでもなく軍事利用である。

 ここで問題なのは、軍用から転用された民生用エネルギー源としての発電用軽水炉の問題である。これが果たして光なのか影なのか。また農産物に対する放射線の使用など、にわかに結論が出せない難問もある。人類の生命維持と放射線技術の発達の関係、放射性廃棄物処理と地球環境への影響をめぐっての議論は今後も当分つづくのであろうが、新たな被ばく者をださないための科学政策的合意を形成していくことが急がれる。

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 わが国が世界で唯一の被爆国であるという表現は、今日では注釈なしに使うことは出来ない。確かに二回の空中核爆発で被爆し、爆風と熱線、そして放射線で急性死亡した人々の数では他に比するものはないが、被ばくによる人体影響では他の地域にも多くの被ばく者が生み出されていることに留意すべきである。

 例えば旧ソ連時代に四六〇回以上の核実験が行われたカザフスタンのセミパラチンスクでは四十年にわたって数百万人が被ばくした。三〇〇回に及ぶ核実験が行われたネバダ州では三十五年間にわたって一〇〇万人を超える風下住民が被ばくしたと考えられており、米政府はいくつかの疾患に限って補償をしている。

 米の二つの核実験場があった中部太平洋のマーシャル諸島島民も一九五四年三月一日のビキニ水爆実験を最大として、十二年間六七回におよぶ実験の影響をうけている。ちなみにマーシャルで放出された放射性ヨード(I131)の総量は六三億キュリーで、ネバダの四二倍、チェルノブイリの一五八倍になっている。この結果多数の島民に甲状腺障害や各種のがんの発生がみられ、先天奇形や流死産の多発がみられた。そしてビキニやその東隣のロンゲラップ環礁には47年経った今も定住者はいない。

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 ここで注意しておきたいことは、核実験には軍事機密の影がつきまとっていることである。核実験による放射性降下物の地域ごとの線量測定が行われていないはずはないのであるが、過去の実験の信頼すべきデータを米ソともにいまだ公開していない。

 私が訪ねたセミパラチンスクの草原のカザフ人も、マーシャル諸島のロンゲラップ島民も被ばく者として充分な医療や生活保障を受けていない。この二つの地域に共通するのは、ロシアと米国という超大国によって主権を制限され、民族の自立を妨げられてきたということである。被ばく者の医療はこうした遅れた社会的条件で非常に多くの制約を受けている。こうした国々にたいしてはWHOやNPO等による国際的支援活動が必要であり、わが国もさらに貢献できる分野である。

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 ふり返ってわが国では「被ばく(者)医療」はどのようにすすめられてきただろうか。ABCC、その後の放射線影響研究所(放影研)は一九五〇年代から原爆放射線の人体影響に関する統計的研究(コホート研究)を行ってきたが、被爆者のなかでは研究材料に使われるだけだという批判がつづいた。しかし皮肉にも放影研の追跡調査だけが被爆の後影響を証明する世界で唯一の定量的データを提供し続けており、マーシャルやネバダの放射線被害にもこれらのデータが準用されて補償の根拠とされているのである。

 だが日々被爆者を診察しかれらの苦悩と不安に向き合ってきたのは第一線の臨床医、開業医であった。急性期から十年ほどの被爆者の原爆症にかんする臨床的研究は、当時の医学会のそうそうたる研究者たちによっても担われていたが、ビキニ水爆被災事件の数年後には何故かこうした研究は急速に影をひそめてしまった。放影研を中心とした原爆後障害研究会は毎年開かれているが、被爆者医療に携わる医療関係者がもっと多く参加できるように全国的に案内すべきであろう。今日、放影研をメインに被爆二世の細胞遺伝学的調査があらたに始まろうとしている。人権とも絡む微妙な問題をはらんでいるが二世団体の協力も得られたようで注目されるプロジェクトである。

 ビキニ事件後に本格化した原子力開発路線で科学技術庁が設置され、放射線医学総合研究所(放医研)が開設された。この放医研は放影研が原爆被爆者を追跡しているのと同様に、今でも第五福竜丸元乗組員や戦前の放射性造影剤トロトラスト使用者の追跡調査を行っている。

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 国際的にみて、今日「被ばく医療」はIAEA(国際原子力機関)やWHOで提唱されている緊急被ばく医療に同義語である。わが国でも平成9年に「緊急被ばく医療ネットワーク会議」や「放射線事故医療研究会」が発足した。一昨年のJCO臨界事故の直後には、わが国初の「緊急被ばく医療の基礎知識」という冊子も発刊された。しかし二人の犠牲者を出した教訓が全ての関係者、労働者のものにならないかぎり、真の被ばく医療は成立しないのではないか。

 また緊急被ばく対策以上に大切なのが原子力施設に働く労働者の被ばく管理である。わが国で原発の運転開始以来約四〇年で放射線被ばくの労災事例は五件であり、いずれも白血病例である。電気事業者にはこうした犠牲者を今後出さないような厳密な安全管理、健康管理を求めたい。

 広島や長崎、そしてビキニ、さらに世界の核実験場で何が起こってきたのか、そして原発事故や核燃料施設事故など、この地球上に現れた被ばくによる健康障害の実態、とくにどういう人々が被ばく者になっているかを考えることなしに、21世紀における核の問題を論ずることは片手落ちだと私は考える。


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