静岡民医連
内山看護師がNPT(核不拡散条約)再検討会議要請行動(5月)に参加しましたので
感想文を掲載します。
Abolition of Nuclear Weapons
浜松佐藤町診療所 内山 香

 5年に1度のNPT再検討会議に参加させていただきました。私のような何もわからないものが参加し、何ができるか不安でしたが、私なりに学ぶことの多い一週間でした。

 ニューヨークマンハッタンでの署名行動は、どきどきしながらのスタートでした。圧倒的に広いとおりにうるさいクラクション、人混み、周りはみんな外国人・・小さな声で“Abolition of Nuclear Weapons Now!” “Please your Signature for peace!”慣れてくると大きな声で。日本と違い、若い人たちが数多く興味を示してくれました。原爆投下直後のパネルを見た通りがかりの人が、“What is this?”私たちはひと言、“Atom bomb”彼の応えは“Oh my God!”と署名のサインでした。他にもベビーカーに子供を乗せた親子、若いカップルなど若い世代が核兵器廃絶に賛成してくれることに、勇気付けられました。一方で“真珠湾攻撃を忘れたのか!”と言われたグループもあり、いまだにアメリカでは、長崎・広島への原爆投下は賛成だとする意見も多数あり、認識の違いを考えさせられる署名行動となりました。

 全日本民医連 反核・平和交流集会in New Yorkに参加しました。2001/9/11同時多発テロで家族を亡くした家族の会(ピースフル・トゥモロー)、救急救命士・医師・消防士など一番に現場に駆けつけた人達でつくる会(グラウンド・ゼロ・フォー・ピース)の代表の方が、講演をしてくださいました。一番に言っていたことは、『愛する家族・仲間を失って悲しい。でもそれより許せないことは、彼らの死を復讐に使うことです』実際にテロ後、イラク戦争が始まり、事故の生存者の中には軍隊に誘われている人もいるそうです。平和を訴えると団体から追い出される。戦争・テロはそのときだけでなく、いつまでも、いつまでも犠牲者が増え続ける、そして戦争の傷跡は長い間続く。日本は戦後60年経ちましたが、今も苦しみ続ける被爆者の方がいます。60年経っても戦争は終わらない、悲しみは消えない。だから戦争はしてはいけないのです。

 核兵器使用命令が出て、数分で発射できるかくへいきがアメリカには何百発。テロが起こったら犠牲者の命を逆手に復讐を始める。やられたらやり返す。という考えの中にあっては、こんなにも簡単に戦争が始まってしまうものだとあ然としました。

 日本は憲法9条のもと、被爆者の方達は、復讐ではなく和解のみちを歩いてきました。力を誇示しあい、こんなにも簡単に戦争が起こる今の世界から憲法9条がなくなってしまったら・・・日本もアメリカのようになってしまうのか?そして被爆者の努力・思いは・・・

 被爆者の方たちの努力・思いを受け継ぐのは私たちの世代であり、その思いを立ち消えさせる事無く、世界平和の為にこれからも、核兵器廃絶を訴えていこうと思います。
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